プラントミルクで作る日本茶ミルクティーのカフェ「And Tei」。ここから発信されるまったく新しい日本茶の楽しみ方は、店主・倉橋佳彦さんが培ってきた豊かな経験と、カフェと日本茶に対する確かな熱量に裏打ちされています。自分にしかできない表現を探り続け、ついに一歩を踏み出した倉橋さんが日本茶ミルクティーに託したメッセージとは。
茶室のように、自分自身と日本茶と向き合える場所を
—— もし、あなたが日常の中に、毎日コーヒーを飲む時間をつくっているのなら、1日だけでもいいからその時間を日本茶に預けてみませんか?
そんなささやかな願いを胸に抱き、昔ながらの喫茶店やコーヒー店が暮らしに溶け込む街・錦糸町に、倉橋佳彦さんが日本茶ミルクティーのカフェ「And Tei(アンド テイ)」をオープンしたのは3月末のこと。
以前は浅草の人気カフェ「FEBRUARY CAFE」でマネージャーを務めるなど、長年バリスタとしてコーヒー業界に携わってきた彼が、コーヒーとは異なるやわらかな安らぎを与えてくれる日本茶に魅了されたのは5年ほど前だったといいます。
以来、毎日エスプレッソマシンを相棒にコーヒーを淹れる傍らで、ワークショップやイベントなどを企画し“日本茶バリスタ”の活動を続けてきました。
そんな倉橋さんがこの春、自身の店として踏み出した一歩がAnd Teiです。選び抜いた茶農家から仕入れる玄米茶・ほうじ茶・紅茶・烏龍茶の4種類の国産茶葉と、オーツミルク・ソイミルク・スプラウドミルク(黄えんどう豆由来の植物性ミルク)を自由に組み合わせることができる独自のスタイルの「日本茶ミルクティー」を通して、これまでに出会ったことのない“新しい日本茶の体験”を発信しています。
「コーヒーのメニューは置いていません。自分が伝えたいことを確実に届けるためには、それがベストだと思って。正直、バリスタの友人たちには『本当にコーヒー出さないの?』と何度も言われましたけど(笑)」
倉橋さんが届けたいもの——、それは、無限ともいえる日本茶の奥深さと、日常に日本茶とカフェやカフェがあることの豊かさ。飲んで美味しいという味の素晴らしさはもちろん、淹れる時間や誰かに淹れてもらうのを持つ時間、所作を眺めたりお菓子とのペアリングを楽しんだりといった、いわば茶室で味わうような心安らぐ日本茶の時間を、カフェという場から表現したいといいます。
「日本茶がある景色を長く未来に残したい。そのための、自分自身と日本茶と向き合える場所がAnd Teiです」
“当たり前に美味しい”を超える日本茶が、人の心を動かす
And Teiで出会えるのは、プラントミルクで作る日本茶ミルクティーという、今までになかった日本茶の楽しみ方。一見、独創的にも思える発想ですが、その裏側には、10年以上にわたりさまざまな飲食の場で腕を磨き、また自身もひとりのカフェ好きとして多くの店に触れてきた倉橋さんだからこそ導き出すことができた、確かな道筋がありました。
「お茶を飲んで美味しくないと思うことってありますか? 今、僕たちの暮らしは美味しいお茶であふれていて、お茶って“美味しくて当たり前”なんです。でもだからこそ、ちょっといいお茶に触れることがあっても、大きく心が動くこともなければ特別な感情を抱くこともない。
喫茶店の深煎りのコーヒー文化が“当たり前”だった中に、フルーティーな浅煎りの豆が現れたとき、まさに概念を覆されるような新体験によって多くの人がコーヒーのおもしろさに気づき世界が広がりましたよね。日本茶にもそんな、“当たり前に美味しい”を超える、まったく別の視点からの刺激が必要だとずっと考えていました」
もちろん、急須で淹れたお茶の素晴らしさは彼自身が何よりも感じていること。しかし、あえて異なるアプローチをすることで、日本茶に意識を向けるきっかけをつくりたいと力強く語ります。
“自分らしさ”を探す研磨作業で生まれた、唯一無二の日本茶のスタイル
高校卒業後ほどなくしてから飲食の世界に入ったという倉橋さん。来る日も来る日も現場に立ち、何千人・何万人ものお客様と向き合う中で「人々は何を求めて店に来るのか」を常に問い、また日本茶に出会ってからは「どうすれば、日本茶の魅力を最大限に伝えながらワクワクする体験を届けられるか」を、日々模索してきたのだそう。たくさんの気づきを得てはまた店に立ち、少しずつ余計なものを削ぎ落とすことで答えは自然と絞り込まれていきます。
たとえば、コーヒーが広く普及した今でも家ではつくれないラテを楽しみに来るお客様が多いこと、さまざまな理由から牛乳を避け植物性ミルクが求められていること、また豊富なメニューの中から街の色に合わせて自然と好まれるものが絞られていくこと……。身をもって感じてきたひとつひとつの経験が財産となり、And Teiにたどり着くヒントに。
「単一品種のお茶やアレンジティーを種類豊富にそろえることが必ずしもベストではないのでは? という考えに至る中で、自分がやりたいこと、茶農家ではない自分にしかできないこと、さらに店に足を運ばなければ体験できないこととしてたどり着いた答えが、日本茶ミルクティーでした」
海外のカフェで好んで飲んでいたというオーツミルクからヒントを得て、お茶とプラントミルクとの相性の良さに着目すると、煮出してみたりコーヒーのマシンや技術を応用したりと、日本茶の香りを最大限に引き出すことができる淹れ方を施行錯誤。
「おもしろいと思ったらじっとしていられないタイプ」と自身で語るように、コーヒー以外にも、パティスリーやイタリアンレストラン、時には日本酒店など、興味を持った世界には躊躇なく飛び込み体当たりで学んできた経験から、そこで培ったあらゆるアイデアと技術の引き出しを引っ張り出しては、レシピを作り改良を繰り返してきたといいます。
こうして生まれた唯一無二のAnd Teiの日本茶ミルクティーは、日本茶のミルク割りでも抹茶ラテでもない、リッチなコクとスッキリとした口当たり、そして日本茶の豊かな香り・旨みをハッキリと感じられる美味しさに。さらには、ミルクや茶葉の種類、甘みの加減を変えることで、何通りもの異なる味わいが楽しめるという新しさも。
もし倉橋さんが日本茶だけに携わっていたら生まれなかったであろう、まさに彼だからこそたどり着いた日本茶のかたちです。
新しい体験の先に描くのは、急須で淹れるお茶への原点回帰
And Teiという名は、日本語の「安堵」と英語の「and」、フランス語の「thé(テ=お茶)」「moi(モア=私)」に由来します。あえて「tea」や「茶」という表現をしなかったのは、「お茶の店」というイメージが独り歩きすることを避けるため。「お茶だから」という理由で行く・行かないの判断をされることなく、ひとりでも多くの方にフラットに来てもらえるよう間口を広げたかったといいます。
一方で、スタンドや販売店ではなく、あえて“カフェ”を選んだことにも彼なりの理由が。「お茶を淹れる時間を一緒に過ごしてもらわなければ意味がない」とさえ、倉橋さんはいい切ります。舌で感じる味覚だけが、お茶の楽しみ方のすべてでもなければ、美味しさを構成する要素でもないというのです。
「淹れ手の所作を眺めながら、少しずつ増してくる香りを感じ取ったり、流れる時間・今いる空間を楽しんだりしてもらうことで『美味しい』の感じ方は格段に変わります。日本茶の楽しさをトータルで届けるためには、カフェであることは必然でした。
何より、僕にとってカフェで過ごす時間は欠かせないものです。仕事場でも家でもない、第三の居場所などとよくいわれますが、まさにそう。じっくり本を読むもよし、美味しいスイーツを食べるもよし、ときには店主と会話を交わすもよし。And Teiや日本茶も、そうして生活の一部として長く愛される存在でありたいと思っています」
ここにつまっているのは、倉橋さんのたくさんの経験と彼らしさ。誰も挑んだことのない挑戦でありながら、「ワクワクしかなかった」と自信を持って一歩を踏み出せたのは、自分にしかできない唯一無二の価値を見出せたことと、長年お客様と向き合うことで得てきた、確かな土台と感性があったからなのでしょう。
最後に、倉橋さんからはこんなメッセージが。
「矛盾しているように思われるかもしれませんが、And Teiで日本茶ミルクティーと向き合うことで『急須で淹れたお茶って、やっぱり美味しい』と思ってほしいんです。日本茶ミルクティーは、あくまで日本茶の美味しさ・おもしろさにもう一度気づいてもらうためのきっかけ。日本茶っていいなと思ってもらえたら、ぜひ家で急須で日本茶を淹れてほしいですね」
カフェでしか楽しめない日本茶との出会いを通じて、急須でお茶を淹れる食卓の風景を次の世代につないでいきたいと願うAnd Tei。「暮らしのそばに、カフェと日本茶がある」。そんな未来が、ここから始まろうとしています。
◆And Tei
住所:東京都墨田区太平4-22-6
営業時間:10:00〜18:00
定休日:月曜
HP :https://www.andtei.com
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取材・写真・文 RIN