2003年に世界最年少でワールド・バリスタ・チャンピオンになったオーストラリア出身のバリスタ、ポールバセットさんが来日! 自身の名前を冠するエスプレッソカフェ「Paul Bassett」が今年3月にオープンした永田町店でトークセッションが開かれました。
参加したのは「Paul Bassett」でバリスタとして働いたあと、独立し、今や日本のコーヒー業界を牽引しているスペシャルティコーヒーショップのオーナーたちと同店の現役バリスタ。前編ではカジュアルなスタイルで開かれたトークセッションの一部をお届けします。
Paul Bassett(ポールバセット)さん
1978年オーストラリア生まれ。コンテンポラリーフレンチレストランを経営する家族のもとで育つ。ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ2003にて、世界最年少で優勝したのち、シドニーを拠点に自身のブランド「Bassett Espresso」をローンチ。日本では「Paul Bassett」を2006年にオープン。国内で3店舗、韓国で80店舗以上を展開している。
トークセッションは“オーストラリアのコーヒートレンドとポールさんのコーヒーについて”からはじまりました。
ポールさん:日本でカフェをオープンしてから約20年が経ちました。これまでの旅の中で関わってくれたバリスタのみなさん、今日は来てくれてありがとう。再会できて嬉しいです。
オーストラリアではしばらくライトロースト(浅煎り)のエスプレッソがトレンドだったけれど、コーヒーにはサイクルがあって、今オーストラリアでは焙煎のトレンドがミディアム(中煎り)からフルデベロップメント(深煎り)へ戻ってきているように思います。とくにミルクと合わせるドリンクについては変化し始めています。
オーストラリアで売れるのはフラットホワイト、カプチーノ、カフェラテなど80パーセント以上がミルクビバレッジ(※エスプレッソとスチームしたミルクで作るドリンク)です。
私がミルクビバレッジで使用しているブレンドのエスプレッソに求めているのはフルデベロップメントで質感がよく、シロップのように甘くて、リッチなコクのある豆です。それがミルクとよく合うエスプレッソだと考えています。
アメリカのバリスタチャンピオン、Charles Babinski(チャールズ・バビンスキー)※が今シドニーに住んでいて、先日、彼と過ごす機会があったのですが、彼と私は同じような考え方でした。フルデベロップメントで重要視しているのはテクスチャーとシロップのような質感、そしてリッチネス(コク)です。コーヒーは人それぞれ好みがあると思うけれど、私が考えるミルクにあうコーヒーはそういうものですね。
※Charles Babinski(チャールズ・バビンスキー)
ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ2015 準優勝。2020年、シドニーに「Cafe143」をオープン。
シングルオリジンのエスプレッソ、たとえばウォッシュトのものであれば、今の自分はブレンドよりも少しライトロースト寄りかもしれません。
ライトローストから得られた素晴らしいことは、焙煎の際のROR(Rate of Rise / 温度上昇率)見ることで、欲しくない要素、例えばロースティネスやベイクのような焦げの特徴を与えることなく焙煎する方法を見つけたことです。
そういえば、今年の初めにDavid Schomer(デビット・ショマー)※に会いました。彼は私の相談相手で、私は彼にインスパイアされてコーヒーに夢中になりました。
※David Schomer(デビット・ショマー)
シアトルのエスプレッソカフェ「Espresso Vivace」の共同創業者。The Seattle Timesはデイビッド氏をスタバックスコーヒーのCEO、Howard Schultz(ハワード・シュルツ)と同じぐらいコーヒー業界において影響力をもつ人と紹介している。
私が彼を尋ねると、彼はインドの豆でダブルリストレットを作ってくれました。それはシロップのような質感が素晴らしく、甘くて、ほとんどヌガーのような味でした。
私は彼が19歳ぐらいの頃、たぶん1988年頃から知っているのですが、私が彼の何が好きかというと、コーヒー業界のさまざまなトレンドに流されず、自分のコーヒーを全く変えずにやり続けていることです。彼はそれに自信を持っているからです。
そのコーヒーは美しく、とても甘くて、シロッピーで、クリームキャラメルのよう。塩を振りかけたくなるような甘さでした。ほら、甘いものに塩をかけるとさらに甘くなるでしょ。拍手をおくりたいと思える素晴らしさでした。
その時、オーストラリアにいる私たちの多くはトレンドのライトローストに寄っていたのだなと気づきました。みんな「ロースティネス(焦げ)の味は欲しくない」という理由で。
私はみんなに深煎りを提案しているわけじゃないですよ。みんなが良いと思うものを作ればいい。
大事なのは“今の自分に問いかけること”です。自分は何を信じているのか? なぜそう信じているのか? 自分が信じていることに挑戦し続けるんです。
私自身、今の時点で好きなエスプレッソは深煎りです。一方でフィルターコーヒーはといえば、もう少しライトローストのものが好きです。
土橋永司さん:フィルターコーヒーについてはどう思いますか?
ポールさん:フィルターコーヒーも好きです。家ではたくさんフィルターコーヒーを淹れて飲みます。ただ、オーストラリアのカフェでは、バッチブリューはたくさんあるけどプアオーバーで淹れているお店は数軒しかないですね。
なぜかというとエスプレッソバーにおいて、プアオーバーはコストがかかりすぎるからです。まず人件費がかさむ。カフェではオーダーをとる人、コーヒーを作る人、もうひとりなにかする人、と最低3人は必要で、さらにもう一人、プアオーバーのための人を入れるとなるとコストが増えます。
それにプアオーバーは淹れるのに時間もかかる。だから1杯の単価を高くできない限りはオーストラリアでプアオーバーをやるのは厳しいですね。
バッチブリューはもう少し収益性があると思うけれど、よい状態で飲めるのは長くても2時間。もちろん、オーストラリアにもプアオーバーで提供している店はあります。
「Only Coffee Project」はニューヨークの「SEY」など、世界中のコーヒーショップから豆を仕入れてプアオーバーで提供しています。ただ、だいたい1杯8ドルから25ドルぐらいと高価です。
それからフィルターコーヒーを出している店の中には、おもしろい取り組みをしているところもあります。カスタムウォーターを作るように、マグネシウムを含む水を豆にスプレーのように吹きかけ、注ぐお湯の成分構成を変えて豆の個性を引き出す抽出をするところもあります。
塚田健太さん:ポールがフィルターコーヒーを飲む時、豆はどのプロセスが好きですか?
ポールさん:フィルターコーヒーならウォッシュトが好きだね。私はクラシックなスタイルが好きです。
土橋さん:ポールへのプレゼント、アナエロのコーヒーもってきちゃったよ!(爆)
ポールさん:アナエロビックはナチュラルワインに似ていると思います。ワイルドでファンキーでおもしろいですよね。だけどコーヒーについて、私はナチュラルやアナエロビックよりもウォッシュトが好きです。
塚田さん:僕も残念なことにナチュラルを持ってきてしまいました……(笑)
ポールさん:ナチュラルで好きなものもあるよ。ブラジルのナチュラルはエスプレッソにはいいよね。
塚田さん:おもしろいなと思うのは、僕たちはみんなポールバセットの卒業生で、あなたのエスプレッソを習った生徒達です。店ではエスプレッソドリンクも出していますが、ビジネスのメインはフィルターコーヒーです。
ポールさん:それは文化的な背景があると思います。日本のカルチャーを見ると、寿司職人やバーテンダーのような熟練技術をもった様々なプロフェッショナルがいて、お客さんは時間がかかってもその熟練技術を受け取るために待つことできますよね。オーストラリアにもフィルターコーヒーの店はありますが、日本のような文化はありません。
それからオーストラリアのカフェオーナーは、もちろんコーヒーを愛していますが、お客さんが求めているものを提供して、ビジネスとして収益をあげることにプライオリティが高いように思います。
鈴木清和さん:今後のビジョンはありますか?
ポールさん:難しい質問だね。エスプレッソと向き合って、微調整をして、自分はどんなコーヒーを作りたいのか、これからも考えていきたいです。長くエスプレッソをやっているけど、まだ満足できていない。まだなにか見落としているような気がしています。一般的にディフェクト(欠点)だと言われていることも本当にそうなのか、検証したいこともあります。
私は「自分はどんなコーヒーが好きなのか」と「お客さんは何が好きなのか」の調和とバランスをとりながら「どうしたらビジネスとして成立するのか」を考えていくことが大切だと思っています。
バリスタは「お客さんはこれが好きだろう、と思っていることが本当にそうなのか」を見ないといけません。お客さんの好みは変わっていきますから。
後編はポールさんがエスプレッソドリンクを作りバリスタたちが飲むコーヒーセッションの様子と、参加したバリスタたちの感想、そしてCafeSnapの大井が最後にポールバセットさんに直接インタビューした内容を紹介します。
【後編】ポールバセットさんとバリスタのコーヒーセッション >>
<主催>
Paul Bassett 永田町店
新宿、渋谷に続く3店舗めとして2024年3月にオープン。同店を手掛ける株式会社ワイズテーブルコーポレーションは「XEX(ゼックス)」やイタリアレストラン「SALVATORE CUOMO(サルヴァトーレ・クオモ)」などを運営している。
住所:東京都千代田区永田町2-13-10 プルデンシャルプラザ 1F
営業時間: 9:00 – 17:30(LO) ※11:30~14:00はテイクアウトのみ
定休日:日曜日、祝日定休
アクセス:東京メトロ「赤坂見附駅」より徒歩約1分、東京メトロ「永田町駅」より徒歩約3分
HP: https://www.paulbassett.jp
Photo: Shintaro Yoshimatsu
Interview & Writing: Ayako Oi