奈良を代表するスペシャルティーコーヒー店、ROKUMEI COFFEE 。オーナーの井田さんは2010年に自家焙煎を始めてから約8年後、焙煎日本一を決める大会で優勝を勝ち取りました。Vol.1に続き今回は、井田さんがコーヒー焙煎を始めたきっかけや、大会で苦労したこと、そして日本一になるまでの道のりと未来の目標を伺いました。
ほぼ独学で始まった自家焙煎コーヒー作り
大井:もともと井田さんはどんなきっかけでコーヒーを始められたのですか?
井田さん:父が喫茶店をしていたので大学生の頃から手伝っていて、だんだん面白いと思うようになりました。他にも居酒屋やケーキ屋など、色々なところでアルバイトをしましたが、全部、飲食でしたね。食べることが好きなのもありますが(笑)、飲食はメニューなどの“ものづくり”と“接客サービス”の両方があるのが魅力で、作ったものをすぐにお客様に提供できる、それが楽しいですね。
大井:「2010年に自家焙煎焙煎を始めた」という話がありましたが、井田さんは以前から自家焙煎をやりたいと思っていたのですか?
井田さん:以前は仕入れた豆でコーヒーを作っていて、最初は「自家焙煎にしたらコーヒーが売れるのでは?」と、気軽な気持ちで始めたんです。焙煎機メーカーを尋ねると、営業マンは決して買うことを止めてくれなくて(笑)。焙煎機を買ってしまった。それが始まりですね。
井田さん:ただ、師匠がいるわけでもないし、ほぼ独学で始めたので、最初は焙煎やスペシャルティコーヒー自体を理解していませんでした。それでも、僕がラッキーだったのは「焙煎がなるべくブレないように」と、最初に買ったフジローヤルの3キロ釜の焙煎機をカスタムしていたこと。それから神戸の樽珈屋(たるこや)さんに最初少し教えてもらう機会があったので、分からないなりに習った通りに焙煎を始めることができました。
大井:実際、自分で焙煎をするようになって、焙煎は難しかったですか?
井田さん:最初のうちはそれこそ「これであっているのか?」が判断できなくて、自分が求める味も明確ではありませんでした。
大井:ゴールがみえないまま走り始めちゃった、みたいな感じでしょうか?
井田さん:そうですね。焙煎を始めてすぐは楽しかったですが、悩むようになりました。当時は経営も課題の多い時期だったので、常に自分が店にいないといけなくて、コーヒーのセミナーに参加する時間もありませんでした。
大井:そこからどう変わっていったのでしょうか?
井田さん:まず、見よう見まねでカッピングを始めました。いま考えると当時のコーヒーは深い焙煎でカッピングに向いていないもの。評価の仕方さえ分かっていなかったです。
でもだんだんと、セミナーに行く時間を作れるようになり、スペシャルティコーヒー協会のカッピングセミナーや焙煎の勉強会に行き始めました。そこには、同世代の人もいて、カッピングをしながら、どのように味を感じたのか、意見交換をするようになりました。その頃、ようやく評価方法を分かり始めたんだと思います。
判断力と瞬発力が求められるロースティング チャンピオンシップ
大井:2018年にはジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップで優勝されています。そもそもロースティング チャンピオンシップというのはどのような競技会なのでしょうか?
井田さん:コーヒー ロースティング チャンピオンシップは、その日に与えられる豆を、与えられた焙煎機を使って、いかに美味しく焙煎できるかを競う大会です。バリスタ チャンピオンシップなど、他の大会と違うのは、事前にレシピやプレゼンテーションを作り込むのができないこと。生豆は当日にならないと手渡されない上に、どの産地の豆かなどの情報も教えてもらえません。その豆をどのように焙煎するのかを、その場で考える瞬発力と判断力が求められます。
大井:井田さんはなぜ大会に出場しようと思ったんですか?
井田さん:ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップが初めて開催されたのが2012年なのですが、第一回大会の結果発表を見て、そういう大会があることを知りました。焙煎機を買った時もそうですが「できるようになってから、やろう」より「やって、できるようになろう」というスタンスなんですよね。だから2013年の大会も「まず出てみよう」と出場し、たまたま予選を通ったという感じでした。ただ、決勝での成績は6位。出来上がったコーヒーはカップのスコアは良かったんですが、あまりに独自スタイルだったので(笑)、「ルールや焙煎機の特徴を理解していない」と、基本的な得点を落としてしまっていました。
限られた情報の中で、求められる味を作り出す
大井:その後も毎年挑戦されて、2018年にはついに優勝! 大会では競技会の傾向や、勝つための戦略が必要と言われています。「勝つための味」は意識していたのでしょうか?
井田さん:2018年は意識していましたね。この大会は、競技者には事前にほとんど情報が与えられず、焙煎する生豆も当日渡されますし、審査員が誰なのかも事前にはわかりません。だから、自分で審査員の目星をつけたり、世界大会で評価されているコーヒーの傾向が書かれた、スペシャルティコーヒー協会のニュースレターを熟読して、どんな味が世界で評価されているのかを抑えた上で、「ここにあわせていこう」というポイントを自分で考えておきました。
大井:分からないことだらけで挑む大会なんですね。
井田さん:さらに難しいのは、他の出場者がどのようにコーヒーを焙煎して、評価されているのか、減点されているのか、その基準が最後まで分からないことです。決勝大会では、競技後に他の出場者のコーヒーをカッピングすることができますが、予選は自分の豆しかカッピングできません。
大井:井田さんが出場された時にはどんなコーヒーが評価されていましたか?
井田さん:シルキーで、厚みはなくても綺麗な質感があり、クリーンな甘さがあるコーヒーが評価されていました。
さらにもうひとつ難しいのは、大会では品質の良い生豆だけでなく、良くない生豆がでてくる場合もあることです。ジャッジは、競技者の豆を同時に20個ぐらいカッピングするので、良い豆の場合は並んだ時に目立つように、クリーンさと、豆の個性を引き出した焙煎をします。しかし、良くない豆の場合は、甘さをだして、欠点を焙煎でいかにカバーするか、それが焙煎士の腕の見せどころになります。
大井:井田さんは、初出場の2013年から優勝する2018年までにどのように技術を磨かれたのでしょうか?
井田さん:定期的に開いていた勉強会の時に、多くの焙煎士と情報交換することで、新しい閃きを得たり、理論を学びました。さらにそれを持ちかえって、トライアンドエラーを繰り返し、自分なりの理論に確立していきました。
国内の予選から決勝大会の間では、使用する焙煎機は2018年の時にはラッキーコーヒーマシンと決まっていましたが、店で使っていないものだったので、知り合いの店の焙煎機を借りながら、焙煎機の特徴を理解するようにしました。あとは自分の理論を、その日に出される豆と焙煎機に当てはめていくしかありません。
井田さん:それから、焙煎以外であげるとすると、僕は2013年からバリスタ チャンピオン シップやブリュワーズチャンピオンシップの審査員やカップオブエクセレンスの国際審査員をしていて、国内外の様々な人とコーヒーを飲む機会がありました。世界トップクラスのバリスタが作るコーヒーを味わい、それを他の審査員がどのように評価するのかを知れたことは幸運だったと思います。これまでの色々な経験があって優勝できたので、自分の信念はもちろん必要ですが、広く様々な味を知った上で、自分の味を作ることは大事だなと思いました。
幸せの輪を作るスペシャルティコーヒーをさらに広めたい
大井:世界大会が台湾で11月に開催されます。今後の目標を教えてください。
井田さん:まずはコーヒー ロースティング チャンピオンシップの世界大会で1位を目指したいです。前回、世界大会で2位になられている豆ポレポレの仲村さんからも「1位は空けといたよ」と言われていますので(笑)。さらにその先でいうと、焙煎を次の世代にもレクチャーして、自分はコーヒーを通してできることをもっと実現していきたいと考えています。
例えば、もっと気軽にスペシャルティコーヒーが飲める場所を作って、奈良でスペシャルコーヒーを文化にしていきたい。スペシャルコーヒーの概念を、食などにも絡めて広めていきたい。それから、産地に行き、生産者と会うようになって「もっと生産者に還元したい」という気持ちも生まれました。生産者も、コーヒーを仕事にする人も、お客様も、全員がハッピーになるサイクルを作れるのがスペシャルティコーヒーです。この幸せの輪を、これからさらに広めていきたいです。
ROKUMEI COFFEE CO. NARA (ロクメイコーヒー ナラ)
住所:奈良県奈良市西御門町31
営業時間:9:00~18:00(LO/17:30)
定休日: 火曜
メニュー:バリスタのオススメドリップコーヒー 500円〜、シングルオリジンコーヒー 550円〜、カフェラテ 580円、クロワッサン 250円、フレンチクロワッサン 380円
HP: https://rokumei.coffee
Photo:Yohei Kida