やっぱりいいね、涙がでてくるよ。
半年以上ぶりなんだよ。

春に怪我をして入院をしている
さぼうるの鈴木文雄マスターは
戻ってきた窓際のいつもの指定席で、
その座り心地をたしかめていた。

COFFEE COLLECTIONの取材で伺ったのは
一日退院をした秋の某日。

1955年に創業し、60年たった今でも、
古書店の店主や学生たちから
愛されている鈴木マスターに聞いた、
さぼうるのこと、神保町のこと。
14枚の写真とインタビューでお届けします。

 

案内人:さぼうる 鈴木文雄 氏
戦争の強制疎開から戻った北品川で隣に住んでいたシェフに誘われ、銀座の高級レストラン「バンガロー」に就職。1955年、友人の知り合いに依頼されて「さぼうる」の立ち上げを手伝う。その後、芸術家だった元店主のあとを引き継ぎ、マスターとなる。

 

◆さぼうるはどんなふうに始められたのですか?

一緒に始めた人が芸術家だったから
ラドリオや近所の喫茶店を見に行ったり、
品物を買いに行ったよ。
ラドリオはずいぶん参考にさせてもらったね。

有名なママさんは小さい人で、カウンターで
シェイカーをする姿が抜群によかったよ。
カウンターが高いから顔がでるくらいでね。

あの横丁はいいよ。ラドリオもミロンガも
いい店がいっぱいある。

店を始めた時は大変だったんだよ。
当時のマスター、ママさん、その妹といて
始めたのはいいけど寝る場所がなくて、
店で椅子を10個並べて寝ていたんだ。

扉には新聞紙をがびょうではって
そうすると朝番の人が
来て起こしてくれるんだ。

お袋が心配するといけないからね、
「ちゃんと寝てる」っていっておいたのに、
店に見にきてバレちゃったんだよ。
朝早くから遅くまでいたから。

 

◆当時どんな人がさぼうるに来ていたのですか?

学生さんや古本屋で働いている人、旦那衆、
三省堂の人。コーヒーを飲む、お酒を飲む、
仕事の前にモーニングを食べに来る人もいたね。

◆さぼうるといえばレンガの落書き。サインやメッセージがたくさん書かれていますね。

最初はね、注意したんだよ。
あんまりきれいじゃなかったから。

黒や白、細いペンで書かれてたものが
だんだん太くなってきて
みんなが書き出したら、
そんなに変じゃなくなってね。

人によっては書いていても、
見て見ないふりするようになった。

 

◆カップルで書くと、結ばれるって聞いたことがあるんですが。

そんな噂は流したことにないな。
誰かが流したのかな。

◆マスターも従業員だった方と結婚されていますが、喫茶店でロマンスが生まれることは多かったんですか?

多いと思うよ。
とにかく、喫茶店には夢がいっぱいだからね。
始める人も来る人も夢があるし。
お茶を飲みに来る人も夢がある。

神保町には、さぼうる、ラドリオ、ミロンガ、
エリカ、白十字、それから歌声喫茶、
ろうそく喫茶、美人喫茶店というのがあったんだよ。

美人喫茶のコーヒーは
普通の喫茶店の2倍ぐらい。
店員には口を聞いちゃいけないんだよ!

 

◆面白いですね。美人喫茶はどんなところだったんですか?

学生や男は美人を見にいくところだった。
喫茶店は美人が働く場所だった、最初はね。
20年ぐらいたったころかな、
美人でなくてもいい、男も増えてきて
銀座の美人喫茶も一件一件となくなっていった。

美人で繁盛したのは、スチュワーデス、
デパートで化粧品を売る人、次は喫茶店だったね。

 

◆お店の中で、開業当時から使っているものはありますか?

ミルクピッチャーだね。
特別なお客様や常連さんには
いまも使っているよ。

◆コーヒーにピーナッツがついてくるのはなぜですか?

最初はついてなかったんだよ。
顔が売れてくると、
なにかサービスしなきゃと思ってね。
その頃、名古屋の話が入ってきて、
サービスが大変なんだってね。

最初は、コーヒーとピーナッツの皮が
ついたもの出していたんだけど、床が汚れて。
次に殻付きのピーナッツ。
これも殻が落ちて、床が汚れて
最後にバターピーナッツになったの。
モーニングサービスにつけたりしてね。
いろいろ変わってきてるね。

ピーナッツは、よく来るようになって、
目に止まるようになったお客さんに
つけてあげるの。
人によってはおまけしてあげると喜ぶんだ。

◆お店では生いちごジュースも人気ですよね。

あれができたのは……
この辺りに新しい店ができたからと
出向いた店があって、
その日はオープンしたてで、
混んでいたから
空いていたカウンター席に座ったの。

そしたら、もものジュースを
ミキサーにいれて、水、シロップを
いれて氷はグラスに。
これは簡単だなー。
工夫したらもっとうまくできる
と思って始めたんだ。

昔は旬の時期だけ。
静岡のいちごを使っていたけど
いまは一年中、
いちごが入ってくるから通年作れるね。
いちごジュースは
私のところが最初だと思うよ。
なかなか他の店が真似しないね。

新しい店ができると必ず行くんだよ、
神保町でも銀座でも。
勉強になるし、参考になる。

喫茶店に限らず、
神保町で新しい店ができたら必ずいくの。
顔が売れちゃうともう行かない。
「さぼうるのマスターだよな」って、
言われちゃうとわざとらしいから。
1、2回行ったらもういかなくなっちゃうね。

 

◆いちごジュースはいつも並々つがれていますよね。

多いほうが気持ちいいじゃん。
捨てるぐらいなら出してあげたほうがいいね。
お客さんも、いちごジュースが
たくさんでてきたら嬉しいし。
意外と飲むのに時間かかるから、
長居できるんだよね。

 

◆量でいえばナポリタンも……!

あれ、めんどくさいからね。
忙しいし、測らずに始めたの。
はかったことないんだよ。

学生の街だからね。
学生はみんな夢持って神保町にくるから、
夢がいっぱいないとつまらないしね。
始める人も夢がいっぱいだし、
飲みにくる人も夢いっぱい。
最初のころは、ないお金で店に来るんだから。

◆マスターはいつも窓際のこの席に座られていますが、どんな景色を見ているのですか?

通る人と挨拶を交わしているの。
朝、のぞいていく人が
毎日10人以上いるんだよ。

常連さんには扉を開けて
毎日「おはようございます」と言うの。
手をふって行っちゃう人もいるしね。

◆この席から従業員に指示もだされていますよね。どんなことを伝えていますか?

まず挨拶。
いらっしゃませ。ありがとうございます。
おはようございます。お先に失礼します。
挨拶できる子は伸びていくよ。
お店ぐらいもてると思う。

 

◆マスターが喫茶店をやる上で大事にしていることはありますか?

気持ちを込めてやる。
仕方なしにやるならやらないほうがいい。
気持ちを込めないと相手に伝わらない。
それは大切なことだね。

一生懸命やればね、
喫茶店なんて20年30年できる。
喫茶店なんて
20年30年やらないと元とれないよね。
最近は始めてすぐやめちゃう人、多いんだよ。

◆大変だったことはありますか?

仕事だからね、大変だとは思わなかったね。

 

◆辛かったことは?

お客さんが来ない時は辛いよね。
一番辛かったのは、東京オリンピック。

東京オリンピック、新幹線、東京タワーは全部
店がオープンした後のことなんだよ。

東京オリンピックの時は、
みんなテレビが買えない時代だったから
テレビがあるところに人が集まって
店に人が来なかったんだ。

 

◆その時の心の支えは何でしたか?

店を始める時に、近所の酒屋さんが
お金を貸してくれたことが
励みになっていたね。

貸してもらった分、
頑張って続けないと、って。
お金って、ある程度ないと
貸してくれないんだよ。

返済も最初の半年間は待ってくれて、
半年たったら、最初の返済をしてくれって。
それはありがたかった。
とても信じられないようなことだったよ。

 

◆お店を続けてきてよかったこと、嬉しかったことは?

知り合いができた、
常連さんをいっぱい知れたこと。

悲しいのは、
その人がいなくなっていくことだね。
毎年、何十年と通ってくれていた常連さんが
いなくなっちゃうんだ。
それが寂しいんだよね。

◆お客さんはマスターと話をしに来られるのですか?

ただ、見ている人もいるし
話かける人もいるし
カウンターにずらーっとお客さんが並んでも
私はあんまり話をしなかった。
話しかけることはしなかったね。

話しかけられたくない人もいて
話すのが好きじゃない人は疲れちゃうからね。

 

◆マスターにとってさぼうるとは何でしょうか?

大げさだけど、命だね。
お客さんがいないと喫茶店は成り立たない。
続けてきてくださることは嬉しいね。

◆1955年にさぼうるを始めて、今年は2018年。神保町は変わったと思いますか?

変えたつもりもないし、変わった感じもない。
店の品数は増やしたけどね。

いまのままでいいと思うよ。
本屋さんはいっとき減ったけど、
いまはインターネットで売れるらしいから。
表通りの本屋さんだった場所に
食べ物屋さんが増えたよ。

ラドリオは最初から、ほとんど変わってない。
赤い椅子も、最初からあの色だった。

いまもラドリオが一番だと思っている。
お客さんが絶えず入っているから。
ラドリオで飲んだお客さんが、
一杯、コーヒーを飲みに
うちに来てくれることもあるよ。

ラドリオはシャンソンの店で
ミロンガはタンゴの店。

◆さぼうるはポップスがかかっていることもありますよね?

彼(現店長の伊藤さん)が好きだから。
午前中の音楽はこれ、
昼はこれ、夜はこれってしている。
あのお客さんがきたら「これ」というのもある。

伊藤さん:飲んでいる人がいる時は
演歌をかけることもあります。
不思議と合うんです。
でも、ジャズは意外と合わない、とかね。

 

◆これからについてはいかがですか。

常連が年々減っていくんだよ。
病院を出たらまた常連さんに会いたいね。
今でも毎日きてくれる人がいるんだ。

「写真でみる、神保町の喫茶文化」写真展の延長が決定!

2018年11月に開催された「COFFEE COLLECTION 2018 AUTUMN」。CafeSnapは「PHOTO EXHIBITION  写真でみる、神保町の喫茶文化」と題して、さぼうると鈴木マスターの写真展をプロデュースしました。

2日間の展示予定でしたが、ご来場くださった皆さまのご反響により、急遽この写真展の延長が決定!  錦町トラッドスクエアにて、11月19日(月)17時までご覧いただけます。みなさまのお越しをお待ちしています。

展示期間: 2018年11月19日(月)まで(平日10:00〜19:00、19日は17:00終了)
会場:錦町トラッドスクエア(東京都千代田区神田錦町3-20)
入場:無料

案内人:さぼうる 鈴木文雄 氏
フォトグラファー: 山口賢一 氏 http://yamaguchikenichi.com/
プロデュース: CafeSnap https://cafesnap.me/


<<COFFEE COLLECTIONとは>>
日本各地から厳選した10のコーヒー専門店が参加するコーヒーの祭典。2016 ワールドブリュワーズカップのチャンピオン、粕谷 哲氏が率いるPhilocoffea Roastery & Laboratoryや、初出店となる大阪のEMBANKMENT Coffee、福岡のCOFFEE COUNTYなど注目店が集結します。

全店はコーヒーの抽出器具を統一し、同じ条件にすることで、生産地の個性を引き出したコーヒーを提供。両日ともに、出店店舗のコーヒーを飲み比べできる“飲み比べチケット”は必見です!

◆COFFEE COLLECTION
日時:2018年11月3日(土)、4日(日) 11:00〜18:00(入場無料)
場所:東京都千代田区神田錦町3-22 テラススクエア エントランス内
URL:http://coffeecollection.tokyo/

 

Photo by Kenichi Yamaguchi
Interview & Writing by Ayako Oi (CafeSnap)

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