魅力的な喫茶店の床には、たいてい小さな謎や不思議のひとつやふたつ転がっているもの。ときどき誰がそれにつまづいて、謎解き遊びを試みたりします。
たとえば、創業者がすでに亡くなり、誰にも由来がわからなくなった店名の謎。あるいは、店主が15年間まったく歳をとっていないように見える不思議。店内が混雑しているときでも、なぜか誰も座ろうとしないカウンターの端の席。
ずいぶん昔の話ですが、とある人気店のカウンターの片隅の席は、空いているにもかかわらず時おり「誰か座っている」という目撃情報がありました。
幸いにして私には何も見えませんでしたが、何度かそんなことが続いて薄気味悪くなってきた店主は、お祓いをして店内を清めてもらったそうです。ところがその後、なぜかお客さまの足が遠のいて、お店はずいぶん寂しくなってしまいました。
「繁盛するお店には、幽霊の一人くらい紛れ込んでるほうがいいのかもね」
と、この話をしてくれた友人はいつものように墨汁の香りの中で微笑したのでした。不思議といえばこれも不思議なのですが、その人は書家でも水墨画家でもないのに、部屋にはうっすらと墨の香りが漂っているんですよ。
昭和24年創業、神保町ラドリオで謎に出会う
今回お届けするのは神田神保町の古典喫茶御三家のひとつ、「ラドリオ」のウィンナーコーヒーにまつわる謎解きです。
日本で初めてウィンナーコーヒーを出したのがラドリオだと言われていることは、喫茶店好きにはよく知られていますね。では、ラドリオがなぜウィンナーコーヒーをメニューに採用したのかについてはご存じですか?
「当時の店内は現在の2倍くらい広く、お店も忙しかったので、客席にコーヒーを運ぶときにこぼれないように、そして冷めにくいように、生クリームを浮かべたと聞いています」
お店に務めるようになって7年目という篠崎麻衣子さんが教えてくれました。つまり、生クリームでコーヒーにふたをしたというわけですね。はたして本当にこぼれにくいのか、冷めにくいのかという新たな謎も生まれましたが、それはさておき、今回の本題はここからです。
私が注文したウィンナーコーヒーが運ばれてきました。写真をご覧ください。
この時点では、まだ謎は発生していません。あれ?と思ったのは、いざ飲もうとしてカップを回し、取っ手を右にした瞬間。
これは白いカップではなく、ラドリオのロゴ入りのカップだったのです。一般的にはロゴがこちらを向くようにセットされるものですが、なぜわざわざこんな置きかたをするのでしょう? 気になってスタッフに訊ねてみました。
「いつもこの向きにセットするんですか?」
「はい、取っ手が左側になるように、と言われています」
「そうするとロゴが見えなくなるけど、どんな理由があるんでしょう?」
少々お待ちくださいと言って、彼女はわざわざ奥に行って他のスタッフにも確認してくれましたが、結局「理由はわかりません……すみません」とのことでした。
推理と回答
追加で注文したカレーを食べながら、推理してみたのです。
(1) 飲むときに初めてロゴの面が現れて「あ!」と気がつく、小さな驚きの演出。
(2) 二人連れで向かい合って座っているお客さまには、相手のカップのロゴが見えるという粋。たとえるなら、窓辺の花を室内に飾るのではなく、外壁に飾るようなもの。
しばらくの間、ふところで温めていたこの推理、店長の篠崎麻衣子さんに正解をうかがう機会に恵まれました。
「そのカップは創業60周年記念のときに作ったものですが、ロゴがどちら向きに入るかなど、とくに何も考えずに発注したらしいんです」
……え? つまり、アメリカ式(カップの取っ手が右にくるようにセットする)のお店ならお客さまが疑問を抱かなかったところ、ラドリオはイギリス式(取っ手が左)だったために、謎が生まれてしまったと、そういうこと?
「はい(笑)」
結論:ロゴは両側につけといてください……。
喫茶店の謎の種明かしをすると、ちょっと拍子抜けするときもあるのかもしれません。だからこそよけいに愛おしくなってしまうのでしょう。
◆ラドリオ
住所:東京都千代田区神田神保町1-3
営業時間:平日11:30~22:30 、土・日曜12:00~19:00
定休日:祝日
CafeSnap みんなの投稿>> http://cafesnap.me/c/2764
Writing by 川口葉子