2021年、鎌倉の若宮大路沿いにオープンした「自家焙煎珈琲Shadore(シャドレ)」。オーナーの相原ひとみさんはネルドリップコーヒーの魅力に心を奪われたひとりです。歴史と文化があり、観光名所がひしめく鎌倉で、心なごむ1杯を提供してくれるShadoreの魅力とは。
緊張せずにネルドリップを楽しめる、優しいコーヒー店
多くの観光客が行き交う、鎌倉・若宮大路。鶴岡八幡宮への参道「段葛(だんかずら)」をのぞむ一等地にある建物の階段を上がって扉を開けると──そこには一枚板のカウンター、そして後ろの棚には色鮮やかなカップがずらり。店内奥の大きな窓からは、段葛の緑が飛び込んできます。
「自家焙煎珈琲 Shadore」は、オーナーの相原ひとみさんが「ネルドリップコーヒーのおいしさを広めたい」との想いで2021年2月にグランドオープンしました。
控えめなジャズとコーヒーを淹れる音が響く店内。窓際のソファ席には、文庫本を手にした女性客。
「今日は何がおすすめ?」「マンデリンです」「じゃあ、それで」──店長の栃木美帆子さんがカウンターの端に座った男性客と短い会話を交わし、1杯ずつネルドリップでコーヒーを淹れます。
コーヒーのメニューは、ネルドリップで淹れる「Shadoreブレンド」のほかに中深煎り~深煎りのシングルオリジンが常時10種類ほど。「ふつう、うすめ、こいめ(+50円)、デミタス(+150円)」の4種類から好みの濃さもオーダー可。ちなみに「ふつう」は他店よりも濃いめです。
Shadoreが採用しているネルドリップは、起毛している「フランネル」という布を使ったフィルターで淹れるコーヒーの抽出方法。コーヒーに含まれるコーヒーオイルも一緒に抽出されるため、とろっとしたテクスチャーや奥行きのある甘み、長い余韻が楽しめます。1杯淹れるのにかかる時間は5分ほど。コーヒーを待つ時間も含めて、ネルドリップの愉しみといえます。
カウンターの奥に並ぶカップは、口当たりの良い有田焼がメイン。Shadoreではお客様の雰囲気や季節に応じて選んだカップで提供していますが、もちろん、リクエストにも応じてくれます。
コーヒーと一緒に味わいたいのが手作りスイーツ。定番メニューは「フツーノチーズケーキ」、ヴィーガン対応の「バナナチョコブラウニー」と「芋羊羹」。時々、季節のお菓子も登場します。「コーヒー店なのに珍しいね」とよく言われるという芋羊羹は、ヴィーガンの友人のために相原さんが考案したとのこと。
「Shadoreのコーヒーによく合うんです」と相原さんが言う通り、フォークがすっと通るほど滑らかで、ふんわりとした食感、優しい甘さが、とろみのあるネルドリップコーヒーにマッチします。
「ネルドリップ」と聞くと、こだわりが強そう、静寂な雰囲気で緊張しそう、と思われがちですが、Shadoreには堅苦しさや敷居の高さはありません。味の好みを話しながら一緒に選んでくれる優しさがあります。
「猫廼舎」で初めて飲んだネルドリップコーヒーに衝撃
もともと別の飲食業に携わっていた相原さんがコーヒーに目覚めたのは、四谷の珈琲専門店「猫廼舎(ねこのや)」(現在は休業中)で飲んだ一杯のコーヒーでした。
オーナー・荻野淳也さんの淹れるコーヒーを飲んで、「それまで飲んでいたものは何だったのか」と衝撃を受けたそう。「実はそこで初めてネルドリップというものを知りました。ブラジルのプレミアムショコラ・ピーベリーをデミタスで出してもらったのですが、舌にまとわりつくようなとろみがあって。これまでに味わったことのない甘さを感じました」と、相原さんは振り返ります。
自分でもネルドリップコーヒーを淹れてみたい。そう思った相原さんからでた言葉は「ここで働かせてください」。豆の種類を覚えるところからスタートし、すぐにコーヒーの焙煎にも興味を持って教えを請いますが、「自分もまだ修行中なので」と断られてしまいます。「でも……、自分で店を開きたいって言う気概のある人と一緒に“勉強する”という形なら」と、カフェのオーナーへの転身を決断。荻野さんとともに焙煎修業をはじめることとなりました。その矢先、コロナ禍で猫廼舎は長く休業することになったため、「自分で店を開くのは、きっと今」と、開業に踏み切りました。
喫茶店を蘇らせたことで知った、この場所の歴史とストーリー
時を刻んできた味わいのあるカウンターを触ると、新店とは思えない懐かしさが感じられます。話を聞くと、ここは以前、「遊山(ゆうざん)」という喫茶店があった場所。一度別の業態に変わったのですが、相原さんの手によって再び喫茶店へと蘇ったという経緯が。
「開店から1ヵ月後のこと、遊山のマスターが来店され、『いい店になったなぁ』と喜んでいただけました。太い梁には古民家の古木を使っていること、柱には雪囲いだった名残りがあること、そんな古木の歴史やお手入れ方法などを教えてもらいました」
このお店に出会えて、引き継ぐことができて良かったと思うのと同時に、身が引き締まる思いも芽生えたといいます。
「コーヒーが好き」という気持ちを素直に表現したアイコン
コーヒーが好きという気持ちは店名や看板にも現れています。店名の「シャドレ」は、相原さんがコーヒーに関する本をいろいろと読んでいて出会った伝記に登場するお坊さんの名前に由来。「コーヒーを初めて焙煎して飲んで、人々に広めた、というアラビアのお坊さんのように私もネルドリップのおいしさをたくさんの方に広めたいと思って店名にしました」
コーヒー店にしては珍しい「虫」のイラストが書かれた看板は、コーヒー豆を食べてしまうコーヒーノミキクイムシ。「害虫だけど、コーヒーの実を食べちゃうくらいコーヒーが好きなんだな、と思って。デザイナーさんに写真を送って『かわいらしく描いてください』とお願いしたら、こうなりました(笑)」
自身が共感したものや好きなものをまっすぐ素直に表現しているところも、Shadoreの魅力です。
大事に受け継がれてきたものを“繋ぐ場所”でありたい
コロナ禍の真っただ中にオープンしたShadore。お客様は地元の方が中心でしたが、徐々に都内から来る方も増えてきたとのこと。「鎌倉は都内から1時間半ほどで来られる観光地ですが、観光地で落ち着ける場所ってなかなかないじゃないですか。鶴岡八幡宮へお参りした後、ゆっくりコーヒーを飲んでもらえる、第3の場所にして欲しいです」と、相原さん。
また、棚に並ぶ有田焼の中にはアンティークの1点物もあるそうで、以前、若いお客様にカップを譲って欲しいと依頼されたことから相原さんは古物商許可を取得。今後、お店の一画にアンティークのコーナーを設ける計画も。「大事に受け継がれてきたものの良さを若い世代にも知っていただきたいなと。Shadoreが物と物、人と人を繋ぐ場所になれば」と、夢がふくらみます。
観光地ではついつい時間に追われがち。でも、Shadoreでは時間を忘れて過ごしたい。 “ついで”ではなく、ここを目的地として、いざ、鎌倉へ。
◆自家焙煎珈琲 Shadore(シャドレ)
住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下1丁目9-29御成町金子ビル202
TEL:0467-37-3286
営業時間:10:00~18:00
定休日:月、火曜
Instagram:https://www.instagram.com/shadore_kamakura
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