コーヒー業界歴0年で店を立ち上げながら、今年のCOFFEE COLLECTION WORLD DISCOVERで頂点を勝ち取った京都の「ABOUT US COFFEE」。アパレル販売員からロースターへ転身したオーナー・澤野井泰成さんの根底には、ファッションにもコーヒーにも通ずる、“個性を大切にする”生き方がありました。

 

ファッションとコーヒー。それは自分らしさを表現するもの

1300年以上もの歴史を持ち、幾重にも連なる朱色の千本鳥居で知られる京都随一の観光名所・伏見稲荷大社。そのそばで、鮮やかな朱(あか)とは対照的なモノトーンカラーで染められた一軒のロースタリーカフェ「ABOUT US COFFEE」は、新時代を迎えた令和元年に幕を開けました。

蔵を思わせる重厚感ある外観ながらも、一歩足を踏み入れれば、店内は胡蝶蘭が埋め尽くす壁やアート作品が並んだモードな装い。京町家の風情ともコーヒー焙煎所の無骨なイメージとも一線を画す現代的な世界観が広がります。

「胡蝶蘭のアレンジメントは、僕が好きなファッションデザイナーのショーからインスピレーションを受けています。胡蝶蘭には“幸福が飛んでくる”という花言葉があることや、令和の年号の由来のひとつである“ひとりひとりが大輪の花を咲かせられる時代に”という願いに重なることなど、いろんな意味を込めました」

そう語るのは、以前は世界的なアパレルのハイブランドで販売員として働いていたという、オーナーの澤野井泰成さん。日々流行の最先端に触れ、海外の一流デザイナーたちが表現する個性豊かな芸術性や、それらが日本のファッション業界に及ぼす影響を目の当たりにしてきたといいます。

幼い頃から教育熱心な家庭で育った澤野井さんが、習い事や塾、進学といった親が敷いたレールに縛られることなく、自分らしさをはじめて表現できたのがファッションでした。だからこそ、社会人になり自らの意思で進む道を決める際に選んだのもその世界。

何かに縛られることなく、“自分を表現するもの”をつくりたい」。彼自身も、いつしかそんな想いを抱くように。

しかし、専門的に服飾を学んだ経験がなかった澤野井さんにとってアパレルブランドを立ち上げるのは非現実的なこと。何か自分にできる表現の場はないかと将来を模索し始めた折に、一杯のコーヒーに出会います。

「忘れもしない『LiLo Coffee Roasters』で飲んだ『エチオピア・アリーチャ・ナチュラル』です。それまでは眠気覚ましに飲む苦いものという認識しかなかったコーヒーから、フレッシュジュースのようなみずみずしさが押し寄せてきたことに、世界が一変しました」

こんなコーヒーがつくれるようになりたい——。そう心が動いた瞬間、彼の人生設計は一気に加速度を増していきます。

 

描く未来像のため取った「業界歴0年開業」という選択

今や、他業種からスペシャルティコーヒーの世界に飛び込むカフェオーナーやロースターは少なくありません。しかし、彼にもし、他人にはない“飛び抜けた何か”があるとするならば、それは定めた目標を着実に超えていく実行力と、そのための最短の道を見つける判断力ではないでしょうか。

カフェの世界に身を置くと決めてから、澤野井さんは猛スピードで必要なピースを集めていきます。まずはカフェ経営の専門学校に通うために、シフト制だったファッション界から身を引き、将来必ず役に立つはずと商社の営業職に転職。平日は飛び込み営業に回りながら、休日には学校でコーヒーの焙煎や抽出、カフェ運営などを学ぶ生活に。

そうして自ら動き出したことが、また新たな出会いとチャンスを呼び込みます。今、ABOUT US COFFEEが入る物件や、澤野井さんが焙煎理論に全幅の信頼をおく焙煎士の上野真人さん(神戸・LANDMADE)に出会ったのもこの頃だそう。

そして専門学校を卒業するやいなや、他のカフェやロースタリーでの現場経験を一切積むことなくABOUT US COFFEEをオープンしたのです。

「異例だとよくいわれます(笑)。でも僕はそうは思いません。当時はもう30歳目前。もしその歳から下積みしたとして得られるものを考えたとき、時間的にも賃金的にも見合わないと判断したんです。

数年、さらには数十年先のABOUT US COFFEEに描く姿を考えたらスロースタートしている暇はなかった。自分で店をやりながらすべてを吸収していくのが最善のルートでした。正直、今振り返ると、たくさんの大先輩方がいる中で甘い考えだと思う部分もありますけどね(笑)」

「スペシャルティコーヒーの世界を切り開いてきてくれた先人たちがいるからこそ、今、自分の店にもたくさんのお客様が来てくれていることを痛感し、感謝しています」と澤野井さん。今でも上野さんが主催するコーヒーの勉強会に参加

しかし、知名度もネットワークも現場での経験もないからこそ、業界を牽引するロースターたちに劣らない確かな技術と、それを証明する裏付けが必要だと、さまざまな焙煎の勉強会に積極的に参加したりQグレーダーの資格を取ったりと、常にコーヒーの知識・技術を高める努力を続け研鑽を積んできたのも、紛れもない事実。

2022年に「COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVER」で優勝したことで、その努力と実力は確かに証明されたといえるでしょう。

 

ABOUT US COFFEEに携わるすべての人が、自分の個性を素直に表現できる場に

現在、店には常時6〜8種類ほどの豆が並び、ファッションと同じように、お客様が自分の好みや気分に合わせて豆を選ぶことができます。彼の原点ともいえる浅煎りのシングルオリジンはもちろん、深煎りやブレンドまで、焙煎度合い・生産地・プロセスもラインナップはさまざま。

ABOUT US COFFEEが大切にしているのは“コーヒーの多様性”です。それぞれの豆が持つ個性を認め、もしその豆にネガティブな要素があったとしても、ポジティブな部分が最大限に発揮できるようバランスを整えてあげることが焙煎士の仕事だという澤野井さん。また、特定の特徴に偏ったものだけを提供することでお客様の間口を狭めたくないとも話します。

その根底にはやはり「何かに縛られず、個性を表現すること」への彼自身の強い意思があるから。

「豆を整える」という表現は、澤野井さんが尊敬する焙煎士のひとり、「aoma coffee」の青野さんの言葉

「コーヒーもファッションも同じです。これが絶対だと縛り付けるのではなく、ABOUT US COFFEEらしいコーヒーの表現方法の中で、それぞれの豆の個性を引き出し、さらにはいろいろな趣味嗜好を持つお客様に楽しんでもらえるものを届けたい。コーヒーとお客様と僕ら、みんなが自分の個性を素直に表現できる場でありたいですね

できるだけ多くの人がABOUT US COFFEEのコーヒーに触れるきっかけになればとフードにも注力。「プリン カヌレセット」(税込 800円)

 

“US”に込めた現代へのメッセージ

最後に「ABOUT US」という言葉の意味をうかがってみると、その背景にも澤野井さんのルーツを象徴するたくさんのメッセージが。

たとえばひとつは、「コーヒーに関わるすべての“わたしたち=US”が主役である」ということ。コーヒーを提供する焙煎士やバリスタ、それを楽しんでくださるお客様だけでなく、遠く離れた国でひたむきな努力を続ける生産者へのリスペクトを込めて、“US”という表現に。

コロンビア エル・パライソ農園のディエゴ・サムエル・ベルムーデスさんが手がけたゲイシャ種。それぞれのコーヒーには、豆の特徴や生産者を詳しく紹介するカードが添えられる

「わたしたちは誰もが自分らしく表現することを認められていて、自分の人生の主役は自分」と、澤野井さん。

かつての彼のように誰かに敷かれた人生のレールを走り、大きな企業で安定した収入を得る生活のほうが、もしかすると生きやすかったのかもしれません。しかし、一度きりの人生。自分で道を切り開き、それが誰かの共感や支持を得ることで“自分が主役になれる”ことは、ずっと刺激的で充実していると話してくれました。

「僕が上を目指して走り続けることができる原動力のひとつは、自分を認めてもらえることです。もちろんしんどいこともたくさんあります。でも、自分が表現したもの・つくったものを誰かが良いといってくれるって、素直に嬉しいものですよ」

自分を表現することで、誰かが自分の個性を認めてくれる——。一杯の美味しいコーヒーとファッション、そして澤野井さんの生き方は、そんなひとつの軸でつながっています。

 

ここで出会う一杯が、幸せな影響を与えられるものでありたい

今後はよりロースターとして高みを目指していきたいと澤野井さんはいいます。新たな焙煎所を構え、次に目指すのは世界レベルです。

「実力も売上もより確実なものにして、ABOUT US COFFEEの一杯からもっと多くの幸せを届けたい。お客様、生産者、それから店に立ってくれているバリスタたちに対しても同じ気持ちです。彼らの努力と技術もちゃんと認められる場にしたいんです。バリスタも“US”のひとりですから」

グラスには「Wish your happiness bloom, with a cup of bliss……(至福の一杯と共に、あなたに幸せが咲き誇りますように)」のメッセージも

ファッションや思想など、人は常に必ず誰かの影響を受けて生きていると澤野井さんはいいます。そう考えると、自分の人生の主役は“わたし”でありながらも、やはり周りで支えてくれるたくさんの人、すなわち“わたしたち”によって、わたしは“わたし”であることができるのではないでしょうか。

ABOUT US COFFEEの一杯も、ここを訪れる人に必ず何かしらの影響を与えるもの。それが少しでも幸せなものであるよう、澤野井さんはまだまだ走り続けます。

 

◆ABOUT US COFFEE
住所:京都府京都市伏見区深草稲荷鳥居前町22-15
TEL:075-644-6680
営業時間:11:00〜18:00
定休日:火曜
HP:https://aboutuscoffee.jp
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取材・写真・文 RIN

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