帰宅前や待ち合わせの合間に「1杯でいいから、美味しいコーヒーやお酒が飲みたい」と思ったとき、自然と顔を出したくなる馴染みの店はありますか? カウンターに立つ仕事に憧れ、イタリアンバールスタイルのカフェバー「Sputnik」を開いた若きオーナーが思い描く、“日常の一部”としての店の姿とは。
人をもてなし、人と触れ、人をつなげる、“カウンターの向こう側”に憧れて
「同伴者」「旅の道連れ」。そんな意味を持つ、「Sputnik(スプートニク)」と名づけられた店が、代官山の住宅地にオープンしたのは2021年5月のこと。全開口の大きな折りたたみ式の窓から顔をのぞかせるエスプレッソマシンが目を引く、小さなカフェバーです。
開店時間は朝10:00。街のコーヒーショップのような店をイメージして訪れると、映画のワンシーンを思わせるどこかクラシカルな空間に、はじめは少し驚くかもしれません。数十種類のお酒をバックに携えたカウンターをメインに、向かいの壁側には小さなハイテーブルが3つ、スツールはなし。オールスタテンディングで、朝から夜までコーヒーもお酒もどちらも楽しめる店、それが「Sputnik」です。
オーナーは伊藤瑶起(いとうたまき)さん、26歳。襟付きシャツにピシリとタイを締め、ピカピカに磨かれたカクテルシェイカーが並ぶカウンターの内側から、毎日お客様を迎えています。
「カウンターに立つ仕事がしたい」。伊藤さんがカフェバーとして「Sputnik」を開くに至ったのは、20歳で抱いたそんな憧れからでした。原点は渋谷にあるイタリアンバールスタイルのカフェ「COFFEE HOSUE NISHIYA」との出会いだったといいます。
「文字通りの一目惚れでした。カウンターに立つマスターの西谷(にしや)さんの仕事の速さ、丁寧さ、的確さ、そしてその所作の美しさに釘付けになりました。驚くほどテキパキと仕事をさばきながら、作るもののクオリティは完璧。ときに店内のお客様に声をかけたり、店の外を歩く人にまでスマートに微笑みかけたりする姿がとにかくかっこよかった」
カウンターの内側に立ち、そこから見えるあらゆるものに気を配る仕事人の姿に、強く惹きつけられたと目を輝かせる伊藤さん。店に通い始めると、マスターだけでなく偶然隣り合った客とも時折言葉を交わすようになり、カウンターだからこそ生まれるコミュニケーションがあることにも惹かれていったのだそう。
細長いテーブルの向こう側で、人をもてなし、人と触れ、時には目の前の客同士をつなげる、いわば“カウンターマン”ともいうべき仕事への憧れは、日に日に高まっていきました。
20歳でその道を志すことを決めた伊藤さんは、独立開業に向けて必要な技術や知識、そして資金の準備をスタート。バリスタ世界チャンピオンのカフェ「ポール・バセット」でバリスタの経験を積むところから始め、その後勤めた「ファイヤーキングカフェ」では、20年以上愛される長寿店のノウハウや哲学を吸収します。
ちょうど世間は、スペシャルティコーヒーショップやコンセプトカフェなど、新しいカフェの価値をつくる人たちが多く生まれていた時分。しかし、長く続けることで街に根付くという、世の中の流れとは別軸で愛される店を経験したことで、自身が目指す店の大きなヒントになったと振り返ります。
数年後に共に思い出話を語れるような、日常的に長く親しまれる場に
ひとことでカウンターの仕事といっても、寿司店、立ち飲み屋、ラーメン店など、業種はさまざまあります。カフェとバーというスタイルを選んだ理由を、伊藤さんは「多くの人の日常の一部でありたい。それから、今あったことを数年後に振り返って思い出話として共に語れるような、長く親しまれる店でありたいから」だと話してくれました。
実は伊藤さん自身、数え切れないほど通っているという「NISHIYA」での過ごし方は、意外にもとてもライトなものだとか。「エスプレッソを頼んで、飲み終わったらすぐに店を出ます。滞在時間はおそらくほんの2、3分くらいです(笑)」。
しかしそのわずかな時間が、彼にとってはいつしか日常になり、仕事の前後やふとしたタイミングで顔を出しては、マスターと顔を合わせて飲む1杯のコーヒーが心を満たすかけがえのないものに。
「馴染みの店があるって、すごくステキなことだと思うんです。今は自販機でもコンビニでも、選り好みしなければコーヒーもお酒もどこでも飲める時代。でもプラス数百円払って、見知ったバリスタに会えたり時には新しい出会いがあったりしながら、誰かが自分のために作ってくれたちゃんと美味しいものを味わいに行く。そうしてお店に通う楽しさ、人間関係が広がっていくことの豊かさを伝えたい。数年後にお客さんと『4年前のあのときはね』なんて、一緒にたくさん思い出話ができるような、長く多くの人の日常の中にある店にしたいですね」
スタンディングで同じ目線に。カウンターだから生まれるコミュニケーションがある
オープンから約3ヶ月、日々カウンターに立つ伊藤さんの目には、さまざまなお客様の姿が写っています。自分よりも下の世代の若者たちが、横一列に並びスタンディングでコーヒーを飲む姿はすごく新鮮だと話す伊藤さん。まさに「Sputnik」でなければ、目にすることのない光景でしょう。
トレンドに敏感な世代や職業の人も多く訪れますが、店でラインナップするメニューはいたってシンプルです。お酒はスタンダードなカクテルをそろえつつ、オーセンティックバー同様に明確なメニュー表は置かずに会話を通してお客様の気分に合ったものを提供。カフェはオーストラリアスタイルのエスプレッソドリンクとソフトドリンクが少し。
特徴的なことといえば、エスプレッソは「Short Black」、アメリカーノは「Long Black」などと、あえてオーストラリア式の英語表記でわかりにくく表現し、「わからなかったら聞いてください」とひとこと添えること。自然と会話を生むための、伊藤さんなりのちょっとした仕掛けです。
すべてはやはり、言葉を交わし表情をうかがうことができる、カウンターならではの楽しみを伝えたいから。「日常で求めるものって特別難しいものじゃないと思うんです。一時的な目的になるようなキャッチーな商品よりも、日々の心を満たす1杯をお出しできれば」
カウンターの内側に立ち、お客様のたった1杯、わずか数分の滞在時間をより豊かなものにするために尽くす伊藤さん。美味しいコーヒーやお酒、何気ない声掛けだけでなく、整ったシャツ選びも丁寧な靴磨きも、お客様が気持ちよく過ごすために、ここに立つ人間としての仕事のひとつです。
“一度行って終わり”じゃない。店に通う習慣をつくりたい
カウンターに立つという夢を現実のものにした彼は今、「店に通う習慣をつくりたい」と、新たなビジョンを語ってくれました。幸いにも、SNSを通じた発信やスペシャルティーコーヒーの普及など、ここ数年の間で先輩カフェオーナーたちが築いてきた土台の上に立たせてもらっているという伊藤さん。
だからこそ自分は、「話題の店に行くエンターテイメント的な楽しさ」から「自分が好きな馴染みの店を持ち、そこでコーヒーやお酒を飲む習慣が生む豊かさ」に気づく人を増やしたいといいます。
「毎日じゃなくていいんです。週末だけ、もっといえば1年に1回でもいいから、ときどき店に足を運んでもらって、顔見知りのスタッフや仲間が迎えてくれるのことの安心感、少しずつ店の好きなところが増えていく楽しさを知ってほしい。この場だけに留まらず、ポップアップやイベントなど伝える幅も広げていきたい」
できるだけ多くの人の生活に取り入れてもらえるようにと、8月からはモーニングの営業もスタート予定。恵比寿、中目黒、渋谷……。東京にいる方であれば、おそらく1年に1度くらいは店のある代官山の近くを訪れることがあるでしょう。帰宅前に1杯飲みたいとき、ふと時間ができたとき、1駅電車に乗れば、10分歩けば、「Sputnik」はすぐそこです。
日常の“同伴者”に「Sputnik」を。あなたも10年後にこの場所で、伊藤さんや店で出会った仲間と共に、思い出話を語るひとりになりませんか?
◆Sputnik(スプートニク)
住所:東京都渋谷区恵比寿西2-18-6
営業時間:10:00〜20:00
定休日:第2火曜
HP:https://www.instagram.com/hi_sputnik/
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取材・写真・文 RIN