「喫茶と読書 ひとつぶ」は“ひとりの時間”を楽しむための、10席だけの喫茶室。ひとりひとりが自分の時間を過ごしながらも、互いの時間を尊重し合うことで生まれる一体感を「オーケストラのよう」と例える店主が、この場所に込めた願いとは。

 

ただのんびり気の向くままに、“ひとりの時間”を楽しむ場所を

特段の読書好きでなくても、ひとりで喫茶店やカフェを訪れるとき、ちょっとした本を手にして行く人は多いのではないでしょうか。活字離れが叫ばれる昨今ですが、喫茶と本との関係は不思議とさほど変わりないようにさえ思えます。

都心の個性豊かなブックカフェには、“活字離れした世間”から“世間離れ”してしまった読書好きが、数少ない自分の居場所を求めて熱心に訪れる姿も。そんな中、千葉県松戸市の小さな町にオープンした「喫茶と読書 ひとつぶ」は、そのどちらとも違った過ごし方ができる、喫茶と本の店です。

ひとつぶがあるのは、新京成線常盤平駅前のビルの3階。文学少女だったという店主の大塚美貴子(おおつか みきこ)さんが、約3ヶ月前からここでお客様を迎え始めました。「子どもの頃は、祖母や親戚の家で本を見つけては部屋の片隅で読んでいて、『またミキちゃんは本を読んでいるのね』なんて言われる子でした(笑)」。

かつて夏休みに過ごしたおばあちゃんの家のように、ただのんびりと本を読んでボーッとして、心置きなく自分の時間を過ごせる場があったらいいのに。そんな願いをかたちにしたのが、ひとつぶです。

「ひとりで何かをやろう思っても、なぜか自宅だと集中できないことってありませんか?」と大塚さん。たとえば、本を読もうとリビングに腰掛けたのに、子どもやパートナーが声をかけてきたり、飲み物やおやつを用意しているうちに気持ちが途切れてしまったり。作業をするためにテーブルを片付けて満足してしまうなんてことも。

ひとりでいることと、それを満たされた時間にすることとの間には意外と大きな差があって、プラスのエネルギーとプロセスが必要になるものです。「余計なことは全部お店に任せて、読書、手芸、思考……。目の前のことだけに心が向けられる場を作りたかったんです。そういう“ひとりで過ごす時間”の充実感って、とてつもなく大きなものだから」。

カフェという在り方に至ったのは、あとからだったといいます。「“過ごす場”という考えだったので、はじめはただぼんやりと古民家のような空間だけをイメージしていました。でも一軒家なんて広すぎてとてもひとりでは見られないし、どうしたものかと……。そんなときに初台のブックカフェ『fuzkue』(フヅクエ)さんを知りました」。

絶対的に守られた読書環境と、「赴くままに読書に没頭していていい」という揺るぎない安心感はとにかく心地よく、「こんなかたちがあるんだ」と心を打たれたという大塚さん。自分が思い描く場と照らし合わせ、“ひとりで過ごす時間を楽しむ喫茶室”という答えに行き着いたのです。

 

“ひとりの時間”をみんなが快適に過ごすためのさまざまな工夫

まるで自分専用の書斎のような席も。棚には文庫本がぎっしり。

10ある席はすべて、おひとりさま用。読書好きのために、店には所狭しと大塚さんの蔵書が並びます。さらに店名にも「喫茶と読書」を謳ってはいるものの、実はひとつぶでの過ごし方は必ずしもそれに限ってはいません。「読書」はいわばひとりで過ごすことの代名詞のようなもの。編み物をしたり手紙を書いたりしてもかまわないといいます。

「おしゃべりはご遠慮いただくなどいくつかお願いごとはあります。でも、それぞれの時間を過ごされるのであれば複数で来ていただくのも大歓迎です。実際に何度もご夫婦で来てくださる方もいらっしゃいますよ」。

一見、自宅と変わらないのではと不思議に思うかもしれません。でも日常を離れるからこそ得られる、じっくりと深い特別な時間がここにはあるのです。長く快適に過ごせるようにと、すべて柔らかな座り心地のチェアをそろえ、おやつだけでなくしっかりとお腹にたまる食事も用意しました。

「チーズとニブハニーのトースト」880円(税込)。食事は他にも「鶏ひき肉とひよこ豆のカレー」1,100円(税込)が。

みんなが快適に過ごすためとはいえ、お客様へお願いごとを設けるにはさまざま葛藤があったという大塚さん。気兼ねなく過ごすことと制限があることとは、まさに対局にあるもの。

悩んだ末、おしゃべりと音が出る作業をするなら別のお店で。また料金体系は、席料もしくはワンオーダー1時間制というかたちをとることに。たとえば、コーヒーとおやつの2品をオーダーすれば2時間は席料なしで利用でき、あふれた分は1時間あたり550円(税込)という具合です。

古い建具や家具のと鮮やかなブルーの壁のコントラストが印象的。窓際の席は一番人気。

「喫茶や食事を目的に、少しの時間でも一息つきに来られるお客様にとっても使いやすい場でありたいと思って」。本当は、コーヒー1杯だけでももう少し長く過ごせるようにしたい気持ちもあるといいますが、複雑にすればそれはまたストレスになりかねません。

「なにせ計算がついていかないので(笑)、今はひとまず一律にさせていただいています」。それでもカレー、デザート、コーヒーをオーダーすれば心置きなく3時間はいられますから、そこそこの厚さの小説を1冊読み切るには、十分な時間でしょう。

 

“ひとり”がひとつの空間に集まって生まれる一体感は、まるでオーケストラ

「本当は、本棚を見られるのは、人生を見られているようで恥ずかしい!(笑)」。

「ともすれば、ただのひとりよがりの部屋になってしまうところ、共感して訪れてくださるお客様ばかりで本当にありがたい限り」と、終始控えめな言葉を並べる大塚さんですが、その中にもふと、熱がこもる瞬間が。

「ここは確かにそれぞれがひとりで過ごす場所ですが、そのとき居合わせたひとりひとりがお互いに尊重し合わなければけっして成り立たない空間だと思っています。誰かが規律を乱せば、たちまち崩れてしまうでしょう? 例えるならオーケストラのよう。それぞれは“個”でも、同じ目的で集まると、共鳴して大きな一体感が生まれるんです。ひとつぶは、みんなでつくる空間だと思っています」。仕事が一段落つき、自身も厨房の裏で本を読みながらその一員になる瞬間、小さな興奮を覚えるほど満ち足りた気持ちになると、微笑んで見せた彼女の表情はイキイキと輝きとても嬉しそう。

シンプルな「プリン」は一番人気のデザート。柏の「雨の日の珈琲」のブレンド「甘雨」と。各550円(税込)。

もし時間がある日には、ぜひ仕事の帰りに夜のひとつぶに立ち寄ってみてください。なにせ、1日会社でひたすら働いたあと、そこから先はもう誰にも邪魔されない自分だけの時間です。ワインやビールを呑みながら、気になっていた物語の続きにどっぷり浸る……。そんな人が集まって、自然と夜の大人の読書会が始まるとしたら、こんなにステキなことはありません。

 

ここから何かが生まれる、一粒の種になりたい

「少し粉っぽいくらいが好き」という店主好みに仕上げた「スコーン」550円(税込)はワインにも合いそう。

最後に「ひとつぶ」という店名の由来をうかがうと、種の数え方だと教えてくれました。どんな大きな成功やチャレンジも、種を蒔いてはじめて芽が出て花が咲きます。でもその種は必ずしも意識的なものではなく、何気ない本との出会いだったり、人、街との関わりだったりするものです。「興味を持った場所を訪れてみる、気になった本を手に取ってみる。そんなふうに、ひとつぶという店があることが、常盤平の街やここを訪れる人のさまざまな種になれば嬉しいです」。

ずっしり重たいミステリー小説を手に意気込んで来るもよし、手ぶらでおやつを堪能しに来るもよし、仕上げたい編み物を持ち込むもよし。過ごし方は自由です。そのとき居合わせた誰かと“共に”に、“ひとりで”過ごしたここでの時間が何かの種になって、きっといつか、それぞれの花を咲かせることをひとつぶは願っています。

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2020年9月26日(土)〜10月11日(日)まで「ひとつぶの読書週間」を開催中。詳しくはHPまたはSNSにて。

 

◾️ 喫茶と読書 ひとつぶ
住所:千葉県松戸市常盤平2-9-4 第2石川ビル3F
営業時間:12:00〜21:00
定休日:火曜日
HP:https://hitotsub.net
CafeSnap みんなの投稿>>https://cafesnap.me/c/14275

取材・写真・文 RIN

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  1. ピンバック: 20200928 | ひとつぶ

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