江戸切子のカップでコーヒーを提供する自家焙煎コーヒー店、「すみだ珈琲」。そこには、店主の父やすみだの街から受け継いだ“ものづくり”の精神が息づいています。常に新しいことに挑戦し続ける「すみだ珈琲」が描く、コーヒー店としての“ものづくり”とは。

 

父の力添えがあってできた、“江戸切子でコーヒーが飲める店”

日本を代表する伝統工芸品、江戸切子でコーヒーが飲める店。東京の下町、墨田区錦糸町に、そんな粋な自家焙煎コーヒー店があります。その名も「すみだ珈琲」。店主の廣田英朗(ひろた ひであき)さんは、「今でこそ、“江戸切子で飲むコーヒー”を楽しみに来てくださる方も増えましたが、2010年の開業当初は『なんだこれ?』とか『ガラスでホットコーヒー?』などとよく言われたもんです(笑)」と、当時を振り返ります。

同じく墨田区でガラス業を営んでいた父の背中を見て育ち、幼い頃から「いつかは自分も何か店をやりたい」と夢見ていた廣田さん。マネジメントや経営の経験を積むために一度は飲食関係の一般企業に就職し、当時暮らしていた世田谷区で「堀口珈琲」と出会ったのをきっかけにコーヒーの世界へ。店や講習会に足繁く通っては知識と技術を蓄え、直談判して同店でスタッフとして働き始めました。

2年半後、店を構えるにあたって選んだのが父の実家があった錦糸町。「幼少期に、盆や正月になると祖父母に会いに来ていた思い出の街です。縁あってこの地に来ましたが、まさか父と同じ墨田区で店を始めるなんて思いもしませんでしたね」。

江戸切子に合わせて、店内もどこか懐かしさを感じる雰囲気に

「せっかく墨田区で店をやるのだから、何か一緒にやろうよ」。“江戸切子で飲むコーヒー”が生まれたのは、父と交わしたそんな会話がきっかけだったといいます。

実は墨田区は、古くから江戸切子職人が多く集まる街。父親の商いの関係もあり、廣田さんが子どもの頃は、売り物にならない江戸切子を日常的に使っていたそう。「昔はひとつひとつ職人さんが手作りしている伝統工芸品だなんて露知らず(笑)。ここに帰って来た時にそのことを思い出して、当時の自分のように、実際に江戸切子を使ってもらえる機会がつくれたらいいなと」。

江戸切子は国・東京都指定の伝統工芸品。カップは好きな柄と色が選べる。「すみだブレンド(深煎り)」528円(税込)

まず始めたのが、温かいドリンクを注ぐことができる熱に強い江戸切子のコーヒーカップづくりです。「形や模様も父がデザインして、相談しながら決めました。当時、工芸品産業は下火になる一方で、『いつ暖簾を下ろしてもいい』とよく愚痴をこぼしていた父でしたが、やはり根はものづくりが好きなのでしょうね。何度も試作しては使って、試行錯誤を重ねていましたよ」。

できあがった江戸切子のオリジナルコーヒーカップは、七宝、市松、玉つなぎなど、さまざまな伝統模様をあしらった11柄・各2色の計22種類。刻まれた繊細な細工と、中に注いだ漆黒のコーヒーの表面に光が反射してキラキラと輝く様子の美しいこと。「すみだの街に、江戸切子でコーヒーが飲めるお店があるよ」。そんなふうについ誰かに紹介したくなるようなコーヒー店にしたいと、廣田さんの店づくりは始まったのです。

 

区のものづくり支援プロジェクトが転機に。デザインの力で花開いた「すみだ珈琲」

「店を始めたはいいものの、オープンから1、2年は食べていくのが精一杯で。本当に大変でした(笑)」。SNSなど普及していない時代です。不特定多数のひとに告知をする手段はなく、店を見つけて立ち寄ってくれる地元客が少しずつ増えていくという地道な日々だったといいます。

そんな「すみだ珈琲」に大きな転機をもたらしたのは、他でもない、廣田さん自身。墨田区が主体となり、区内の製造業者とデザイナーをマッチングして新たなプロダクトを生み出す「ものづくりコラボレーション」プロジェクトに、自ら応募しました。

“ハウス”型のバッグの中には、インドネシア、東ティモール、エチオピア、グァテマラ、オリジナルブレンドのドリップバッグが。「THE COFFEE HOUSE」1,188円(税込)

「ものづくりのまち」として、江戸時代から日用品をつくる職人が多く暮らし発展してきた墨田区。伝統を守りながらも、時代に合わせた新しいものを生み出すことで、ものづくり文化を後世に受け継ごうというこのプロジェクトで、廣田さんは5種類の豆が飲み比べできるドリップバッグの開発に着手します。

「最初はどこのメーカーに相談しても、『5種類もの豆をコーヒーバッグにしてさらに詰め合わせるなんて、そんな手間のかかることは絶対にできない!』と散々断られました(笑)」。しかしデザイナーやコーディネーターのバックアップもあり、試作を経て展示会へ出展すると大きな反響が。約1年の歳月をかけ、「THE COFFEE HOUSE(ザ・コーヒーハウス)」の発売にこぎつけたのです。「それを機に、さまざまなところから卸や販売のお話をいただくようになりました。デザインの力ってすごいなと実感していますよ」。

その後手がけた「COFFEE SAUCE(コーヒーソース)」を使った「コーヒーソフトクリーム&ゼリー」627円(税込)は夏の名物メニュー。

2019年には、同年に錦糸町駅前にオープンした「錦糸町PARCO」内のフードコート「SUMIDA FOOD HALL(すみだフードホール)」に2店舗目を出店。街を代表する一店としてぜひと、パルコ側から依頼があったのだそう。オリジナルデザインのペーパーカップやショップバッグをつくり、客層とオペレーションに合わせてテイクアウトをメインとしたスタイルを展開しています。

廣田さんは「ひとつの縁が、また新しい縁をつないでくれています」と謙虚に話しますが、それは紛れもなく、彼自身が新しいことにチャレンジし、いいものをつくるために根気よく“ものづくり”に取り組んできた賜物といえるでしょう。

 

次世代へ受け継ぐ、「すみだ珈琲」のものづくり

2020年12月で「すみだ珈琲」は、10周年を迎えます。店舗が増え、スタッフが増えた今、かつて廣田さん自身が「堀口珈琲」で学び独立したように、いつかはここから“すみだ珈琲出身”の焙煎士やバリスタが出てくれれば嬉しいと、少し照れくさそうに語してくれました。

「堀口珈琲さんでは、朝から晩まで焼き上がった豆のピッキング作業をしながら、焙煎の様子を目で見て学びました。実際に自分の味をつくり上げていったのは、独立してから。何もかも手探りでしたね」。終始、穏やかな物腰で言葉を紡ぐ廣田さんですが、その裏に秘めた熱量は計り知れません。

店の奥にはカウンター席が。レトロなガラスのランプシェードにもぜひ注目してみて

同時に廣田さんが現在試みているのが、コーヒーを抽出した時に出るカスをプロの農家が使える肥料に変え、自然に循環させる取り組みです。もともと環境に対する意識は強かったという廣田さん。父の後を継いだ兄の協力を得ながらストローをプラスチックからガラスに変えたほか、今後はコーヒー豆用の袋を土壌分解できる素材のものに変更する予定だそう。コーヒー店として次世代のためにできることは可能な限り実践したいと語ります。

「自分ひとりの力では到底できません。店を任せられるスタッフや、マッチングをサポートしてくれる区のコーディネーターさんなど、いろんな人のバックアップがあってこそできること。墨田区には公園もたくさんあるので、コーヒーのカスでできた肥料が区内の緑化などにもつながるといいですね」。

もともとは、父にとって馴染み深い街の墨田区が、「今や私自身がすっかり、すみだの人です」と笑う廣田さん。父やすみだの街から受け継がれた“ものづくり”の精神が「すみだ珈琲」には息づいています。そして今度は廣田さんが、それを次世代や未来の焙煎士たちに受け継いでいくのでしょう。

 

◆すみだ珈琲
住所:東京都墨田区太平4-7-11
営業時間:11:00〜19:00
定休日:第2・4火曜日、水曜日
HP:http://sumidacoffee.jp
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取材・写真・文 RIN

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