横浜・山手エリアは幕末以来、外国人居留地としての歴史があり、現在も当時の面影が感じられる洋館が点在しています。白い外壁に赤い屋根が可愛らしいティールーム「えの木てい」もそんな歴史的建造物のひとつ。創業者であるお母さんの想いを受け継いだ現オーナーの安藤美穂さんに、同店の歴史や人気メニューについて伺いました。
築100年の歴史的建造物を利用したティールーム
えの木ていの建物は1927年に建てられた英国式の洋館。自宅用として、現オーナーの両親が1970年に購入しました。安藤さんのお父さんはかつて山手に住んでいたことがあり、お母さんは山手にある女学校に通学。外国人が多く暮らす山手に憧れを抱いていたそう。当時、同じ建築家が建てた家が3棟並んでいて、そのうちのひとつだけが売りに出されたのでした。
「当時の山手は外国人のファミリーばかり。わが家でもよくホームパーティーを開いていて、母が料理やケーキをふるまっていたんです。ある冬の日のこと、ふたりの女学生が山手の洋館をめぐっていて、寒そうにしていたのを見かねて、リビングに招き入れてケーキをふるまったことがありました。それが1979年にカフェをはじめたきっかけです。はじめは母がひとりでケーキを作るなど、中心となって切り盛りしていました」
日本では馴染みのなかったアフタヌーンティーをいち早く提供
お母さんがカフェをはじめた時は大学生で、よく手伝っていたという安藤さん。結婚し、子どもが幼稚園ぐらいになったころ、「また手伝って欲しい」とお母さんに頼まれ、1994年ごろに復帰しました。
「えの木ていの建物は英国式の洋館なので紅茶を極めようと、紅茶インストラクターの資格を取りました。さらに、まだ日本では根付いていなかったアフタヌーンティーを提供したいと、2階に予約専用の個室も設けました」
日本紅茶協会の「おいしい紅茶の店」に認定されている同店。安藤さんがスタッフに紅茶の淹れ方をレクチャーし、常においしい紅茶を提供できる体制を整えています。
紅茶のメニューはストレートティー、ミルクティー、レモンティー、ミントティー、オレンジティー、シナモンティーの6種類。それらのメニューに合わせ、安藤さんがその時にベストだと感じる茶葉をチョイスしているとのこと。「生産量の少ない、レアな紅茶をお出しすることもあります」と、安藤さん。
母から受け継いだレトロなケーキとともに、時代に合わせたスイーツも展開
創業時のスイーツメニューはレアチーズケーキ、クリームチーズケーキ、シフォンケーキ、ショートケーキ、季節のマロンケーキやパンプキンパイ、タルトなど10種類ほど。すべてお母さんがホームパーティーでふるまうために考案したオリジナルレシピで、現在も大切に受け継がれています。
このほか、時代やニーズに合わせて、現パティシエが考案したスイーツも提供しています。
個室での本格的なアフタヌーンティーは予約が必要となりますが、予約不要で気軽に楽しめる、平日限定のアフタヌーンティーセットも用意されています。それが「復刻版ローズガーデンセット」。もともとは1999年から2014年まで、港の見える丘公園内で営業していた姉妹店「ローズガーデンえの木てい」の人気メニューでした。
「当時も大変人気で、こちらを目当てにローズガーデンえの木ていに来店していただいていたお客さまも多かったことから、復活を果たしました」
2段のスタンドにサンドイッチ、スコーン、季節のスイーツがのっており、紅茶はポットでサーブされます。
このスコーン、見た目は一般的なものと変わりませんが、牛乳ではなく生クリームを使用しており、外はさっくり、中はふわっとしていて、少し冷めてもおいしく食べられるように仕上げてあります。
スイーツだけでは物足りないという方のために、サンドウィッチやハンバーガーといったフードメニューもあります。ハンバーガーは安藤さんのお父さんが横浜・馬車道で『珈琲屋』という喫茶店を営業していた時のメニューを再現したもの。なんと、マクドナルドの創業者・藤田 田(ふじた でん)氏から「チェーン展開しませんか」と申し出があった、というエピソードも!
100年前の横浜に思いを馳せながらティータイムを
えの木ていを訪れる楽しみは、紅茶やスイーツだけではありません。店内には、さりげなくアンティークの調度品が置かれており、100年前の横浜にタイムスリップしたかのような空間を楽しめます。
「前オーナーはアメリカ人検事のウォーレンさんという方で、アメリカに帰る前に、欲しい家具があれば置いていくよと。そこで、元老院で使われていたというイスをいただきました。それは1階の片隅に置いてあります」
築100年近い歴史的建造物を維持するのは、並大抵のことではありません。常にどこかを直しながら営業しているそう。一番ひどいダメージを受けたのは、2011年の東日本大震災の時。土台に亀裂が入ってしまったため、床をはがして土台を直し、耐震のために壁に筋交いを追加するなど、 修復工事は1ヵ月にも及びました。なぜそこまでして、えの木ていを守り続けるのでしょうか……?
「母は19年前に亡くなりましたが、『(えの木ていを)ずっと続けてね』といつも私に言っていたんです。その想いを引き継いでいこうと心に決めています。そして、ここ山手の美しい景観を、後世に残したいと考えています」
大切に受け継がれてきたえの木ていの建物は、2027年に100歳を迎えます。
古き良き横浜を今に伝える空間で、レトロなスイーツとオーナーこだわりの紅茶を味わってみては。
◆えの木てい
住所:横浜市中区山手町89-6
営業時間: 平日12:00~17:30、土日祝11:30~18:00(L.O.各30分前)
※通常時は11:00~19:00 (L.O.18:30)
定休日:なし
HP:https://www.enokitei.co.jp
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取材・写真・文 : 田辺 紫